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第11話 波紋広がるバーレスク

last update Dernière mise à jour: 2025-10-04 06:07:34

 そして、王立アカデミー。

 事件から、わたくしへの風当たりは、もはや逆巻く暴風雨と化していた。

「見まして? あの方……“シャーデフロイの魔女”よ」

「王太子殿下にあのような前代未聞の無礼を働き、謹慎にすらならないなんて……」

「よほど、後ろ暗い力をお持ちなのね。いえ、目を合わせるのすら恐ろしいわ」

 廊下を歩くだけで、空気がシンと静まり返る。今まで牽制しあっていた宰相派の令嬢たちが、海を割る聖者の奇跡のように避けていく。

 す、すごい! これぞまさしく、悪役令嬢としての威光!

「でも、さすがにこれは……寂しいかも」

 というか、なんで味方であるはずのシャーデフロイ派の子たちまで、より一層遠巻きになっているの? ねぇ、味方じゃないの?

 うー、まあいいわ! これも作戦のうちよ! きっと、そう!

 と、無理やり気を取り直そうとしたその時。

「お待ちしておりましたわ、ベアトリーチェ様っ!」

 暗雲に差し込む一筋の陽光、明るく、ぱたぱたと駆け寄ってくる影が一つ。噂の的、ルチアだった。

 周囲の視線など気にもせず、わたくしの手を取って、ぶんぶんと子犬の尻尾みたいな勢いで振る。

「大変だったのですね! でも、ご無事でよかったですぅ!」

 ちょ、ちょっと慣れ慣れしくないからしら!? 元庶民ってこんなものなの!?

「え、あ、はい。あの、わたくしたち、そこまで親しい間柄でしたかしら?」

「バージル殿下が、すっごく怒っていらっしゃいましたけど、後でローラント様がこっそり教えてくださったんです! 『あれはきっと、ベアトリーチェ様が、私や殿下の身を案じて、体を張って警告してくださったに違いないのだ』って! なんて勇敢で、お優しい方なのでしょう!」

「ば、バージル殿下がすっごく怒ってた……!?」

 ち、ちがう! 断じて違うのよ、ルチア! その解釈は、もはや詩人の幻想の域に達しているわ!

 ローラント殿、護衛のあなたまで何を妙な深読みを!

 でも、ルチアの、あまりに曇りなきキラキラした瞳に、わたくしは真実を告げることなんてできやしない。

「そう、ですの……まあ、おわかりいただけて、何よりですわ」

 引きつった笑顔でそう言うのが、精一杯だった。

 もはや、真実を告げれば、わたくしの破滅どころか、ローラント殿の騎士生命まで危うくなる段階に来ている気がする。

 無理よ、この純粋な天使の瞳に「あなたにインクをぶっかけようとして失敗したの」なんて、口が裂けても言えないわ。

(あれ? ……あの人影って)

 ふと、そんなわたくしたちを、少し離れた柱の陰から、二つの強烈な視線が見つめていたのに気づいたわ。

 一つは、苦虫を百匹ほど噛み潰したみたいな、バージル殿下の険しいお顔。

 もう一つは、「どうしてあんな女がっ!」と、レースのハンカチを噛みちぎらんばかりに悔しがる、ツェツィーリア様。

 ああ、神様。

 わたくしの目的は、ただ穏便に婚約破棄をすることだったはずなのに。

 どうして、こんなにも事態が複雑に、面倒くさく、そして、とんでもない|茶番劇《バーレスク》に転がっていってしまうのでしょうかっ!?

 わたくしの受難は、まだ始まったばかり。

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